府中I邸 竣工4.

引渡しから3ヶ月、施主ご主人は未だ海外赴任中である。
実は建築中に渡航が決まり、新規プロジェクトとあって苦渋を迫られた。
そのため、現場打ち合わせはお母さんと若奥さまがあったが、ご主人も黙ってはいられず、時折テレビ電話で現場に参加されるなど、私も初めての体験をした。

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               <ダイニング吹抜から見る>

建築中に出た端材を、建物裏にひとまとめに、ストーブの薪にと置いてきた。
杉や檜はすぐ燃えてしまうため、あっという間になくなる。クヌギや樫などの雑木が、薪に適する理由が分かった。
一見すると凄い量だが、これでもひと冬で底をつくらしい。赤々した炎こそ薪ストーブの魅力だが、毎年の薪の手配が鍵となる。

キッチンはダイニングに向けて対面させ、裏に食品庫を設けた。ひと坪ほどだが、これでかなりの収納がまかなえる。食品庫には勝手口を開けた。
来客時を考慮し、キッチンには目隠しの戸をつけている。父君がいらした頃も、よく客をしたらしく、お母さんもそのたび手料理を振る舞ったそうだ。この目隠しはお母さんの要望で、普段は開け放していられるよう、引込みにしている。
戸は板格子として、化粧鋲を打った。
格子は、外から内は伺えないが、内から外はよく見える。日本家屋が多用した格子の意図はそこにある。これも日本の知恵だろう。

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         <キッチン目隠し 右が板格子戸を閉めたところ>

ダイニングの東壁に沿って階段をつけ、屋根なりに登らせた吹抜で2階と繋ぐ。ここから奥、1階がお母さんの寝室、2階が子供部屋と夫婦の寝室となり、プライベートな空間が接する。
ダイニングに食器棚がおけないため、階段下を箱階段よろしく食器棚にしてみた。とはいえ、民芸調にならぬよう戸の意匠を抑えた。大工と建具屋の合作になったが、うまく納まった。
ダイニングも外部を引込み戸とし、濡縁に向け、大きく開放している。
登り梁は赤松を八角に整え、大黒柱には8寸角のケヤキを立てた。

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                 <食卓から庭を見る>

建築にあたっては、図面に則って見積もり合わせを行い、大山建工が落札した。
施主の希望で5社を招いたが、果たして3社が途中辞退、東京で木造建築を建てる難しさを、改めて痛感した。
当初施主は、存じ寄りの工務店を推したが、金額面で差が出た。これも、材料を直に調達できる大山の家ならではの結果で、豊富な材料と技術力は関東以北屈指の力を蓄えてきた。
植裁は、石巻でともに仕事をしている、福清緑化加藤孝志に依った。
当初あった樹を、これからできる家を見越して更地に移植するという、難しい仕事を頼んだ。幸い木々の種類も多く、何とか形になるかとは思ったが、座敷からの見え方など皆目つかめない。
できてみると、まさに空間にぴたりと嵌り、改めて加藤孝志の力を見せつけられた。玄関前は新たに追加した樹種で整え、予算に合わせた仕事をしてくれた。
また、茶の間とダイニング境の衝立は、ご主人の希望だった。
いつものことで、岐阜の村山千利に製作を頼んだ。
キッチンの板格子に意匠を合わせ、材料にタモを用いて和への傾倒を抑え、裏の障子は夏はずして風が通るよう、衣替えを考慮している。
これまでの付き合いで、図に込めた意を汲んで拵えてくれた。

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            <庭から濡縁越しにダイニングを望む>

1年近く掛かった工期も、完成してみればあっという間だった。
携わる職人もすっかり馴染みとなり、気心知れた間柄の仕事は気持ちいい。
これからこの家に、どのような春秋が訪れるのだろうか。
この春には、海外から戻るご主人と酌み交わせるのを楽しみにしている。

   設計監理     前田 伸治
              暮らし十職 一級建築士事務所
   施 工       株式会社 大山建工
   植 裁       福清緑化 加藤孝志
   鬼 瓦       鬼 亮   梶川亮治
   家 具       ヤマコー株式会社 村山千利

  (前田)

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