「日本家屋の暮らしと知恵」 その2

前回の「日本家屋の暮らしと知恵」の講義の続きをレポします。

~ 高度成長期のLDKスタイルと住宅事情  ~

日本の歴史の中でも、現代に入って日本の家屋はめまぐるしく変化しました。
特に高度成長の時代は画一的、横並びの価値観があり、それらを共通の認識とすることで飛躍的な成長を遂げてきました。まさに植木等の『無責任男』の時代で、住宅でいうとちょうどLDKスタイルが普及してきた頃でしょうか。
それまでの日本は家制度の中にあり、大家族で暮らしを支えてきました。
写真は、とある農村一家の様子ですが、押し並べて社会全体がそうであったように、家族全員で助け合わなければ生活が成り立たない時代でした。

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それが高度成長を迎え、社会の中心が家から会社へと変化してきました。
その最も大きな要因が終身雇用制度です。これにより、会社は若い働き手の多くをサラリーマンへと転身させることに成功しました。終身雇用を保障するというのが企業の価値となり、働く上での担保になったのです。
それによって、まず収入が安定したことが大きかった。若い家族は大家族を離れ、自分たちの住まいを持つようになる。それが”核家族化現象”と呼ばれるものです。その頃生まれた言葉が「マイホーム」、その若い人たちに支持されたマイホームの形がLDKスタイルだったのです。

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これは皆さんご存じの、サザエさんに出てくる”のりすけ”オジさん。
のりすけさんも田舎から上京し、たえこさんと結婚して、いくらちゃんを設ける。核家族ですね。のりすけさんはアパートに住んでいましたが、その住まいがこのようなLDKスタイルでした。
リビングにはソファーが置かれ、茶の間はこのようにダイニングキッチンと呼ばれ、卓袱台からテーブルに変わりました。
下の写真が昭和35年、サザエさんが始まる頃の広告です。
当時の雑誌を幾らか持っておりますが、中にある広告はどれもこのような洋酒、ライターなどの、いわゆる洋モノばかり。男女がグラス片手に歓談する姿など今では当たり前の光景ですが、恐らく当時は社会みんなの憧れだったのでしょう。
サイドボードにウイスキーを並べて、といった家も多かったのではないでしょうか。

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そこに登場したのが子ども部屋です。
親はそれを勉強部屋といい、子どもは勉強する代りとしてそれを与えられました。個室の登場です。勉強は試験の成績によって担保されるという、酷な状況に置かれた子どもも多かったに違いありません。そうした風潮が高度成長下の受験戦争へと駆り立てる背景にもなったのでしょう。
しかし、マイホームを持った大人も大変な時代でした。
朝早く夜遅いのも当たり前。家では会社人間と言われ、家族より仕事を優先することなど当たり前な時代でした。その頃、自分の暮らしを楽しむ余裕など誰も持ち合わせていなかっただろうと思います。
念願のマイホームを持ち、日本酒よりもウイスキーを飲む、といった生活の理想はあったものの、暮らしという実体がなかった。
気付けば子どもは親元を離れ、自分も歳を取り仕事もひと段落、その時ふと自分を振り返って見ると、何も無かったのではと気付く。
夫婦の会話も、趣味も、ましてライフスタイルなどあるわけがない。
マイホームという言葉だけが独り歩きして、そこでの暮らしが追いつかなかった。
あわてて核家族になったツケが、成熟した暮らしそのものを欠落させた結果なのでしょう。

つづく

次回は引き続きサザエさん家に見る日本家屋の暮らしをレポートします。

  (かりの)

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この記事へのコメント

くろさか
2008年03月24日 20:38
いつも有り難う御座います。
「朝早く夜遅いのも当たり前。家では会社人間と言われ家族より仕事を優先することなど当たり前・・・自分の暮らしを楽しむ余裕など持ち合わせていなかっただろうと思います」
↑これ今の私そのものです(笑)土日祝日も仕事ですので家族にも当てにされていません(笑笑)
家に居る時は精一杯の事をと思っていても中々そう出来ずにおります。子供を持ち仕事に責任を負うようになり、造り手としての「家」に対する考えも変わってきた事を実感します。
続き楽しみにしております。
前田
2008年03月25日 13:07
私もライフスタイルなど持たない家庭で育ち、今持ってそのようなものとは無縁に生きております。ただそれと同時に、家庭が全てだとも思っていません。もちろん家族は何をおいても大切なものですが、昨今のマイホームパパでは世間が狭くなる一方。仕事という社会があって、家庭にも別な風を吹かせてくれているように思います。その意味でも自分の仕事と思える仕事をすることが重要で、そこに培われる誇りがささやかな我が家の灯火となっているのだと信じたいですね。

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