山口邸竣工(4) ユーティリティー~寝室

キッチンから板戸一枚を隔て、洗面、脱衣から浴室が続く。
とかく裏方の水回りだが、住まう上では欠かせない。
人間の生理と密接し、誰しも個の人として開放される場所である。
これらユーティリティーの連携に、坪庭を用いた。
家事動線への配慮もそうだが、隣家の視線を気にせず、うるおいある緑を近くにと、空間の充実を心掛けた。
浴室、洗面、トイレが、この庭に面する。

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坪庭には、娘さんのたっての希望で紅葉を植えた。
落葉樹には、常緑を添え景色を整える。ここでは南天とアオキを添えた。
地には白川砂利を敷き詰め、奥に照明を仕込む。窓の高さを浴槽の天端と合わせ、座しての視線を遮らぬよう、浴室いっぱいに庭を取り込んだ。

洗面、脱衣とひと部屋で括られることが多いが、使い勝手は異なる。
そのため、各々をコーナーに分けている。部屋中央に造り付けた棚が分節の役を果たし、キッチン近くには洗濯機を置く脱衣スペースを、採光が取れる坪庭に面しては洗面コーナーを設けた。
洗面は大きな鏡に洗面台、収納棚を設け、カウンター下には椅子が入る。
洗面台の大きさ、深さとも、奥さまの希望に沿って探し当てたが、木のカウンターとも馴染みよく納まったようだ。

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トイレは究極のプライベート空間だ。
囲われた安心感はもちろんだが、閉じこもりがちな場所にもなる。
そこで、坪庭に面した窓を下方に取り付け、景色を取り込んでみた。
目線を気遣うこともないばかりか、この緑が思ったよりインパクトがあり、小さい窓だが随分息抜きをさせてくれる。
脇には大きな鏡と手洗い。
このカウンターの材料は旧宅の古材、鏡は開き戸になり中が収納となる。
トイレを大事にする奥さまと話すうち、現場で設計変更、この形に落ち着いた。

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夫婦の部屋は、とかく子供を優先するあまり、おざなりになり兼ねない。
家を建てようとする多くは小さい子供を持つ家庭とあって、広い敷地ならとにかく、優劣を選択せざるを得ない計画では、つい子供を優先してしまう。
将来計画と借入れ年齢がその要因なのだろうが、勢いその頃の子供中心の生活が、家づくりにも反映するのだろう。
私にも覚えがあるが、子供として家にいる時期は思うより少ない。
大きくなるに従って自分中心の生活になり、知らないうちに家を離れていた。
ある日気がつくと、最も陽当たり良い部屋が遊んでいる、という例が多いと聞く。
やはり家は、夫婦単位で暮らす時間が長いということである。
年を経ても、夫婦が充実した暮らしを営める。
それは家族にとっても、きっと自慢の家になるに違いない。
まずは自分が住みたい家にすることですと、いつも依頼主には話している。

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寝室は玄関から回り込む位置にある。
自ずから生活空間から画された場所になる。
中は和室8畳、手前にウオーキングクローゼット3畳が付属する。
外から見て、大きく屋根が吹き下ろされているのがこの場所だ。
その小屋裏を利用して、クローゼット上部に畳敷きのロフトを作った。内部は4畳の広さで、ちょっとした書斎にもなる。中林君が作った竹の手摺があるところだ。
和室から続く南に、塀で囲ったデッキを繋げた。
この境の戸も全て引き込みになっている。
障子、ガラス戸、網戸、雨戸と、必要に応じて閉め、全て開放することも可能だ。
この空間、塀を回したことで外から覗かれる恐れは全くない。
デッキは四畳半強の広さがあり、こういう場所を持つと使う楽しさを与えてくれる。
正面入口に植えたシンボルツリーは寝室の借景にもなっていて、樹の成長に合わせ、このデッキも緑で覆われるに違いない。
これも居住性を大切にと、願ってのことである。

  (前田)

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この記事へのコメント

くろさか
2008年01月28日 12:57
この水廻りへの配慮、実に々々住む人への心遣いが感じられます。視線の先にも神経を行き渡らせた設計、大変に勉強になります。兎角こちら北国では閉鎖された空間に仕立てるのが好まれるのですが、寒い冬に耐える事のみの配慮が連綿と続いてきた結果なのだろうと思っています。今や全館暖房も受け入れられてきておりますので暖かい部屋から寒い外の雪景色を楽しむ「贅沢ながらも良いモノですね」と昨日お客様と話しておりました。機能性もそうですが「心にゆとりを与える」これも設計者の努めなのだと噛み締めております。
前田
2008年01月31日 08:25
お返事が遅くなりました。
「この万年筆でないと書けない」ということをよく聞きますね。機能・性能を越えた愛着というんでしょうか。人と道具が一体になって、まるで自分の身体の一部になっている。もしかしたらその万年筆は、液漏れがあったり、ペン先の癖があったり、性能としては通常より落ちるかも知れない。しかし、それを超すものがあるからこそ、人と一体になれる。
建築でもそうありたいものといつも思います。性能や機能を満足させるだけではなく、それ以上の家族との絆、繋がりを持てる建築を作りたいものです。とかく動線計画や、設備面での充実が多くの住宅の宣伝文句になっている現在、愛着は密着からしか生まれないものと、家族のオリジナリティーを表現したいと思っています。

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