新五十鈴茶屋計画(11) <中庭 2、だいどころ>

計画が白紙のころから、すでに”だいどころ”はあった。
だいどころの言葉がもつ暖かさ、そこには家族がある。
人の暮らす里の姿を思い描いた。

全体は大きな施設だが、「五十鈴の家」という意識があった。
働く家人にとって、家は家族の象徴である。
外の店に対して、中庭は店奥の作業場、家を賄う場となる。
物干し、井戸端と、だいどころを中心に”ケ”が混在する。
家の懐に遠来の客を招きこんで、伊勢を振る舞おうというのである。

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だいどころには4連のかまどが座る。
ひとつの直径尺2寸、2升半を炊く。
かねでは重たく女性では扱いかねよう。そこで陶器の釜を作った。
かまどの加減を覚えるには、何よりかまどの癖を呑み込まなくてはならない。
里のおばちゃんが連日汗して、炊いてはまた始めからと、繰り返し火を焚いた。
火を起し、薪をくべ、釜の熱さを掌で感じながらの火加減は、片時も手を抜くことができない。気温や湿度、その日の風向きにも左右され、かまど自体の温さによっても異なった火加減が求められる。
レシピなどという、生半可なものではない。
全身を研ぎ澄ませたさじ加減ができなければ、焚番は勤まらない。
知恵に裏付けられた上質な身体感覚が、かつての生活には欠かせなかった。

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かまどは、へっついを作った尾崎さんの手による。
釜の大きさから火床の高さを決め、釜の間隔を割り出し全体の大きさを決める。
そこへ耐火煉瓦で下地を作り、土を塗りつけ格好を整えてゆく。
最も苦心するのが火を入れる口である。
薪をくべ、灰を掻き出し、炎に空気を送る。煙道とのバランスが重要となる。
火口と灰掻き口の上下二段に分けて、風の流れと空気量を微妙に調節する。
今では5~6本の薪でひとつの釜を炊きあげるそうだ。

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中庭には井戸端がある。
ガチャポンと通称する、それだ。
夏は子供たちが我先にと、ガチャポンガチャポンと水を出して遊んでいた。
汲み上げるコツを掴まないと、まわりが水浸しになる。

ここにある水も火も、私たちに近く感じられはしまいか。
懐古趣味でいうのではない。
コックをひねれば出てくる水も火も、現代の生活には欠かせないが、一方大事なことも忘れてはならない。
水を汲むにも、火を操るにも、かつては人の手が介在しなくてはできなかった。
日々の工夫が知恵を生み、知恵の伝承が各家の色をなし、暮らしを支えてきた。家族は知恵と労力の役割を担い、互いの絆を強く結んでいた。
家族があって暮らしが成り立つことを、皆知っていた。

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日々働く家人の姿に、里の風景が重なる。
ともすると、頭脳が支配すると考える、現代への警鐘でもある。

  (前田)

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この記事へのコメント

くろさか
2007年12月10日 17:52
こんばんは。
子供時分に父の生家に連れていかれた事を思い出しました。こちらでは曲り家(まがりや)というのですが、平面がL字型で住居と共に馬小屋が間続きで繋がっているのです。馬も家族の一員、厳寒期の利便性によるものだと思うのですが、水も井戸から汲んでいました。各部屋は板の間か客間の畳、廊下にあたる部分は土のままで(通り土間)当時は異文化に接するようで、ワクワクしながら家の中を走り廻っていた記憶があります。現存しているのですが、代替わりした事もありますが萱葺屋根もトタン葺へ廊下も板を張り、馬小屋も居住スペースへ変わっておりました。先人の知恵で水廻りは下屋とし、水廻りは傷みも早いですからそこだけ改修できる事に感動したものです。五十鈴茶屋も時を経るにつれ、どう感じられていくか楽しみですね。
ta-bo-
2007年12月14日 18:38
「だいどころ」に「お」をつけて、おだいどころ、とも言いますね。
先年話題になった島田洋七原作の映画「がばいばあちゃん」では佐賀のおばあちゃんの家の「かまど」が出て来て、洋七少年が、かまど番に。
飯炊き、風呂焚き、水汲みが昔は子供の仕事だったんですね。
家庭の生活が「加減」を知るよい教育だったんでしょうね。
新五十鈴茶屋では、世代を越えて、モノを通して「コト」の「ものさし」を現代の人たちに具体的に提案しているように思います。 
前田
2007年12月15日 05:21
くろさん。
土間の風景、私も子供の頃の記憶があります。ゴツゴツした土の感触と、薄暗い空間。やたらと天井が高くて(小屋があらわしだったから)、そこで農作業の手伝いをしました。今は会社勤めの方が多く「家で仕事をする」という感覚が少なくなっています。しかし、かつてはそのように皆で仕事をすることで生活が辛うじて成り立ち、互いの役割があったように思います。
それは会社でも同じことが言えるでしょう。とかく効率だけを追って、人の繋がりを軽視する傾向ですが、やはりその人なりの役割はあるもの。上手く書けませんが、互いにその役割を尊重して認め合い、みんなで会社をもり立てる。五十鈴茶屋でも、そんな環境をつくることが引いては長い息を保つことになるのでは、と思います。働く人の「家」になって欲しいですね。
前田
2007年12月15日 05:29
ta-bo-さん。
有り難うございます。子供の仕事、私たちもありましたよね。仰る「加減」という感覚、よく分かる気がします。なかなか我が家でも出来ませんが、皆で仕事をする、という感覚は大事なことだと思います。人を招いて振る舞おう、というところならば尚更、働く家人の雰囲気が敏感に客に伝わると確信します。朝、働くみんなが雨戸を開ける姿、見ていてとても気持ちがいいです。家の室礼と同時に、働く、という仕草が風景になります。私たちも気持ちよく働きたいですね。

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