新五十鈴茶屋計画について(7) <中庭1>

へっつい脇を抜けると、中庭が広がる。
左手が五十鈴茶屋、右手に小上がりをみて、正面に喫茶棟が建つ。

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設計主旨にも触れたが、ここから誘われるまま五十鈴川へ出てみたい、計画当初から思っていた。地域の玄関口として、川へいざなう拠点も創りたい。
川沿いの風景を取り込み、周辺としっかり繋がりたいと願った。
視線の先に、建物を透かして五十鈴川の風景が広がる。堤の桜並木、対岸の森、雄大に展開する山姿。囲まれた中にあっても、どこか抜けていくような透明感が欲しい。
伊勢が育んだ自然にそれを求めた。

中庭を囲む設計は、思った以上に簡単ではなかった。
駐車場に囲まれている立地は、逆にいえば全てが見られる場所でもある。
ごまかしが利かない。
敷地外周の外観は穏やかに、一転して中庭のレベルを上げながら、いかに中に開かれた空間を作るか。屋根の掛け具合など、最も苦心したひとつといっていい。
屋根が穏やかに連なることで、佇まいが生まれる。
それには床と屋根、複雑に異なるそれぞれのレベル差を、どのように繋ぎ連続させるか。建物ごとに違う性格を屋根に与えながら、いかに濃密な空間を構成するかが課題であった。

中庭の床は錆び御影、厚さ2寸(60mm)。
石の厚みは表に出る。とつくづく思う。張った姿からは見えぬが、たとえ隠れていても人の目は、それを肌で感じる不思議な力を持っている。
石もこのようにランダムに張ると、とても穏やかな表情になる。写真からでもお分かり頂けると思う。図面書きは、とかく揃えて並べようとする。私も失敗したひとりなのでよく分かるが、頭で考えたものは、いざ作ってみると固くて見られないものだ。
現代建築ならば、そうも感じないのだろうが、このようなものではたちまちである。
不自然なのだ。
無意識のうちに、我々は異なるものの集合体に、より自然味を見出すのだろう。
そう思うと日本の自然観が、こうした造形の根底にもあるのかと感じる。

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中庭には柿の木を、2本植えた。
以前これに書いて大分反響あった石組みだが、この井戸廻りがそれである。
段差を穏やかに見せるため、周囲に植込みを作ったのでさほど目立たないが、存在感がある。こうした隠れた仕事が、全体を引き締めて見せてくれる。

  (前田)

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この記事へのコメント

くろさか
2007年09月20日 13:36
照明を灯した写真は初めてですね、喚声を上げてしまいました。何とも温かみがあり綺麗で、器具そのものも良いデザインで、けっしてその存在を強く主張することなく、かといって埋没することもなく静かに存在感を示すような感じを受けます。調和とでも言うのでしょうか。建物全体もそう思います。全体が違和感を感じることなくスッと在りながら、ディティールの目に見える所全てがその存在感を醸し、それぞれの表情を魅せる。本当にレベルが高く溜息がでます。昼の表情も良いですが日暮れの頃の表情も良いですね。それに柿の木ですと四季を通じて目を楽しませてくれるのでしょうから。
「嗚呼、早く伊勢に行きたい」正直な気持ちです。
前田
2007年09月25日 02:55
早く伊勢に来て下さい!自分の設計ですので敢えて何も言えませんが、実際をご覧頂きご批評を頂戴したいと望んでおります。これは出来れば多くの方にお願いしたいことでもあって、遠慮なくこのブログで投稿して下さいませ。厳しいご意見なども大歓迎です。
よろしくお願いします。

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